31年

大したことはなにもない人生を振り返るためのメモ

父の話

父の話を簡単にするのは難しい。 難しい理由はいくつかあって、一つは職業が少し特殊なこと、一つはあまりのエネルギー量にその全てを測りきれないこと、一つはどんなに謎に思う事があってももう聞けないこと。父は7年前に他界した。癌だった。うちはみんな癌で死んでいるいずれ私も。

父は毎朝犬の散歩がてらドライブに出て、昼は一度帰ってくることもあれば外で食べる事もある、昼過ぎにはまたドライブに行きあちこちの人と談笑をして、早晩には帰ってきて、今度は歩きで犬の散歩へ行く。

いつもふらふらしてる面白いおじさん。それが父。毎日夏休みの子供のような生活をしているので信じられないくらい肌が黒い。 女性に「本当に色黒ですね」と言われると「地は白いんですよ?見てみます?」と服を脱ぐふりをする。

目についた物、それが地味な花だろうと小さな星だろうと山だろうとアスファルトに溶けだしそうな近所のババアだろうと全ての名前を教えてくれる。細かなエピソード、星やババアの神話まで。

いつも体を鍛えていた。3時間痩せ放題コースと称して年中トレッキングに行っていた。 父と山を駆けていた小粒なテリア犬は16年生きた。

空の形がどう見えるか、最新の学説を聞かせてくれたので、空を見上げながら歩いていると星を見ながら死んだ学者の話をしてくれた。

はぐれたら、その場所で撮れる一番いい写真を想像する。するとそこに父がいてカメラを構えていた。

「魚が釣りたい」「屋久杉に触りたい」「屋根の上に登りたい」「真夜中だけどアイスが食べたい」父はいつも少しだけ考えてから「相談に乗りましょう」と言ってすぐ立ち上がる。私はこの「相談に乗りましょう」が大好き。

私の持ち物には全部父のオリジナルキャラクターのリボンをつけたクマの「アリースちゃん」のイラストが描いてあった。イラストの下には私の名前ではなく「アリースちゃん」の文字。

次は何を撮りにいくか、父の手帳は毎日びっしり埋まっていた。

父は世界で一番幸せな人で世界で一番孤独な人だった。世界中を愛しているようでその実誰も愛していなかった。誰でも笑わせることが出来たけど、誰も父を笑わせることは出来なかった。

よく泣く私だけど、誰の慰めも欲さない誰にも見られたくない本当の涙を流したのは父が亡くなった晩だけ。 あとは常に甘えの涙。可哀想に思われたくて自分を可哀想にしたくってキレイに思われたくて泣くだけ。